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レガシーなSEOと無意味なSEO対策からの脱却をしようじゃないか

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SEOは過去の産物であることは誰しも薄々感じていることだろう。
もう時代は変わった。そう検索エンジンが全てではなく、色々な手段を用いる能動的な情報の取捨選択をする時代に入っている。
SEOという仕組み自体を否定しているのではない。インターネットを支えた素晴らしい概念であり、SEOによって検索のリアリティーは守られてきた。
しかし時代は常に進んでいる。

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SEOの1番残念だったポイントは判断基準がモロバレだったということだ。バレやすいが故にSEO対策を行う輩が増えた。検索結果は秩序が崩れ、本当に気持ち悪い状態になっている。Googleは定期的にアップデートを行うが、そもそもそんなもの意味が無い。どうせまた色んな方法が登場してくる。SEOが行くべきだった道は完全に誤ったそういうことだろう。

そもそもSEOありきの今のWEBの世界を可怪しいとは思わないだろうか。何でもSEOで判断し、SEOのさじ加減で闇へと葬られる。言ってみれば影の支配者だ。セオ大魔王とでも呼ぼうか。

なんの努力もしない企業が業者に依頼して検索順位を上げてもらう、そんなことは日常茶飯事に行われている。これもSEOという概念があるからだろう。インターネットが一般家庭に普及して、WEBと人との繋がりが密になってもう幾年が経つ。この期間でWEBは無くてはならない存在へと変わった。しかしまだまだ企業はWEBの世界を甘く見ているし、その結果がSEO対策による無秩序な評価の改ざんの横行だ。
改ざんとは言いすぎかもしれないが、実際中を覗くとえげつない対策がせっせと行われている。知らないほうがいいかもしれないが、聞けば誰しも頷くような大大企業までがSEO対策を依頼している。表向きでは社会貢献だどうのこうの掲げている企業も秘密裏に検索結果をいじり、そしてユーザーを匠に獲得している。このこと自体は資本主義の世界では何ら問題はないかもしれない。しかしクリーンな情報の選択が出来ない状態になりつつあるのは問題があるはずだ。

SEO。
今日限り私は一切のSEO対策を行うつもりはない。そもそもこれまでも対策はしてこなかった。だから何も苦ではない。
ただこれからはSEOに関する知識を身に付けるつもりもなければ、SEOに関するHowTo記事も読まない。まぁ読んだとしてもこれまでも何もアクションしてこなかったが。

どうよ、ここらで一旦SEOについて本当に必要か確認してみないだろうか。君が作る情報の塊はSEOで判断しても良いのか。君が運営するサイトないしブログはSEO対策をしていいのか。ある日突然GoogleがSEOを完全否定した時に笑っていられるか。
そして君自信がSEOで判断されていないだろうか。検索エンジンの好む情報の篩に掛けられていないだろうか。

今のSEOの仕組みはただの惰性でしか無い。いずれきっとSEOが不要な時代が来るはずだ。
よく考えて見れば簡単なことで、これだけインターネットで能動的な情報の取捨選択が出来る時代に、なぜSEOのようなガイドラインがまだ必要なのか。
欲しければユーザーは時間をかけて探し見るし、不要だと思えば二度と見ない。なにも検索エンジンという仕組み自体が無くたって良い。
発信された全ての情報が均等に見られるような状態であっても良い。そう思わないだろうか。
似たタイトルの記事が2つある状況で、なぜ順位を付けなければならない。3D的に考えればいい。現実世界では気になる商品を2つ並べて気に入ったものを選ぶだろう。そういうこととなんら変わりはない。

ユーザーが判断をする。それでいいんだ。それがいいんだ。

SEO自体ももう過去のもので、そのSEOを突っつくSEO対策なんてもう笑うしかない。だがまだまだSEO対策神話は各業界ではびこり、そして毎日のように人づてにSEO対策秘話が伝えられていく。それもまるで大きな武器を持ったかのような口調と、自信溢れた未来を見ているかのような目で。

近い将来、検索エンジンはよりユーザーとフレンドリーな関係を築くはずだ。これはほぼ確実的な未来だし、実はもうGoogleが既に行っている。今現在ユーザーが検索して表示される結果はSEOによる順位付け+パーソナライズがされている。そう、君と私とでは検索結果が若干異なるのだ。
これはGoogleが次の情報選択体験を先取りでほんのちょっと提供しているに過ぎないかもしれない。完全移行すれば同じ検索ワードでもユーザーの趣味嗜好に合わせて全く異なる結果が返される、そんな時代にならないとは全くもって言えない。そうなればもうSEOありきの対策なんて果たして意味するのかすら不明だ。よく考えて見れば検索結果が皆同じである必要は全くないのだ。

更にパーソナライズが進めばSiriのようなユーザーアシスタントインターフェイスが検索に成り代わるだろう。情報が必要とすればアシスタントが代わりに行い、検索アルゴリズムの役割を行う。もしかするとその頃にはそもそもノイマン型PCでは無いかもしれない。つまりそれが意味することはSEOなんていうシステマチックな評価以外の評価手段が増えるということになる。
より人間に近く、そして人間を超えたアシスタントが情報の取捨選択を提供する、そんなことが現実的に近づいている。まさに検索エンジンのパラダイムシフトである。

もう後5年、つまりオリンピックが開催される頃の時代には検索エンジンに成り代わる新しい情報選択の手段が登場していてもおかしくない。収穫加速の法則的に考えればTwitterを筆頭とするSNSやコミュニケーションツールのLINEなどがタックを組むことでより新しい体験が得られるはずだ。そんな時代でSEO対策で固められたサイトないしブログがどう立ち向かうのだろうか。

Googleは良いことを言っている。それは良い情報・価値のある情報か否かが評価基準であると。ユーザーにとって良い、そう判断されれて初めて情報は情報としての価値が出る。そんなことは昔からの決まりであり、人間が受け手である以上変わることはない。つまり良い情報を提供しよう、意味のある情報を提供しようと動いていれば今の時代SEOなんて不要なのだ。

今一度考えるべきだろう。本来SEOは検索エンジンのためのもので、大量にある情報をランキング付けするための1つの手法にすぎない。そのSEOを対策としてサイトないしブログ運営者が行うなんて先取りもいいとこだ。

タイトルで◯文字、URLは◯◯が良い、本文は◯◯文字以上あったほうが良い。正直笑ってしまう。3行しかない記事でも人を感動させることは出来るし、140文字足らずで問題定義出来ることはTwitterで既に体験しているだろう。実際私はそんな記事をこれまで幾つも見てきた。ではどうやってこういった記事をSEOで正しく評価するのだろうか。
ハッキリ言ってSEOはもうレガシーだ

もっと自由であっていいはずだ。好きなタイトルを付ければいい。見る側になって考えればいい。情報づくりはものづくりでもあるはずだ。本当の意味でオリジナルであり続ければいい。そうしていればSEOに巻かれることのない、真のクリエイティブが出来るはずだ。そして自然に友だちができるように認めてくれるユーザーが出てくるだろう。そうなればSEOに向かって情報づくりをする必要はないのだ。

SEO、またSEO対策からの脱却の期限はもうすぐそこまで来ているとは思わないだろうか。

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